クリエーターの世界

このコーナーは、JFNに関係するクリエーターの活動を紹介します。映像制作のきっかけや、コンテスト入賞のコツ、映像制作するということの意味について、語ってもらいます。

田中見和

プロフィール

1980年神戸出身
京都精華大学美術学部デザイン学科卒
早稲田大学大学院国際情報通信研究科修士課程在学 「立体映像」を研究中
共著に「次世代メディアクリエータ入門1 立体映像表現」(カットシステム)

Macと手のひらサイズのデジタルビデオカメラを使用してアニメーションからドキュメンタリー、立体映像まで、ジャンルを越えて制作している。大学在学中に30本以上の作品を仕上げ、その半数がコンテストで入賞する。「ていちゃんのルーツ」「35度4分」が、山形国際ドキュメンタリー映画祭に入賞し、一躍脚光を浴びる。人間の「心」を私小説風に描いた作品は、多くの若者の支持を得る。
制作した作品は、NHK「デジタルスタジアム」、NHKBS−1、TBS「電画なっ!」「金曜テレビの星」、スカイパーフェクトTV、CATVみやびじょんなどで放映されたほか、ドイツ・ハンブルク、京都学生国際映画祭でも、上映された。

受賞歴

山形国際ドキュメンタリー映画祭2001 日本パノラマ部門入選(2作品)
プラネット映画祭2001 入賞
プラネット映画祭2002 入賞
ふるさとビデオ大賞2001 審査員特別賞受賞
ふるさとビデオ大賞2000 審査員特別賞受賞
東京ビデオフェスティバル ビデオケーション賞受賞
TBSデジタルコンテンツアワード 実写部門奨励賞受賞
銀の鮭賞2002入賞
ショートショートフィルムフェスティバル2002 入賞
GALLIVANT short!short! 入賞
パーソナルビジョン2001奨励賞受賞
広島映像展2001入賞
など多数

田中見和監督インタビュー

Q1 田中監督は、これまでたくさんのコンテストで入賞されていますが、どこが評価されたと
    思いますか?

どこが評価されたか、というのは自分ではよく分からなかったりもします。ただ、その時の私の考えていたことやモヤモヤが、いまの時代となにか共通することがあったのではないでしょうか。私も今のこの時代に生きていて、その時代から受け取るものというのは日常的にあるわけで、それが作品になった時に同じ時代を生きている人なら、何かこう、リンクする部分があるのかもしれません。そういう、作品の本筋にはあまり関係ない部分かもしれないけど、「空気感」というのを大切にしています。そしてそういう部分が案外、時代性を表現していて、評価されたのではないでしょうか。

Q2 学生時代にどれぐらいの作品を制作されたのですか?

全部で35作品くらいです。狂ったように作っていました。私の場合、短編ばかりなので制作にそんなに時間がかからないのです。イラストとかを用いたものだと3時間くらいでできた作品もあります。思い立ったらすぐ作る、というのを基本にしています。なんていうか、その時に作ってしまわないと、翌日になってしまったらテンションが落ちてしまって作りたい気持ちがなくなっちゃった、といことが嫌だからです。・・・なので思い立ったら真空パックで保存するみたいな感じのスタンスで制作しています。

Q3 どういうきっかけで映像制作を始めるようになったのですか?

私は美術系の大学でデザインを勉強していました。その大学の特別講座で「ドキュメンタリー講座」というのがありまして、それを受講したのが映像を始めたきっかけです。それまでも、映像以外にもいろんな方法で、例えば絵画や立体造形なんかで自分の思いをカタチにするということはしていましたが、いまいちピンとくるものがなかったのです。そんなときに、「ドキュメンタリー講座」で映像に出会って、『酔っぱらって祇園』という作品を制作しました。夜中に祇園の町にいる酔ってる人に「あなたの夢はなんですか?」とインタビューする企画でした。そのときに感じたのはカメラを回しているとぜんぜん知らない人とでもコミュニケーションをとることができるということでした。自分の表現の手段として「映像」を使おうと思ったのはそれがきっかけです。

Q4 映像制作の企画はどうやって思いつくのですか?何かコツがあるのですか?

コツというコツはないのですが、日々思ったこと感じたことをその時にメモできるように小さなノートをいつも持ち歩いています。あと、感じたことだけでなく、どういう状況でそう感じたのかをとにかくこと細かに書いています。そうすることでその文章のなかに自分のリアリティがまず浮かび上がって来るような気がします。自分が体験したことが文字というカタチになって跡を残していくからでしょうか。大学の一年生のときから、ノートに書き始めて今は32冊目です。そこにメモってあることが直接作品になるわけではないですが、材料にはなっていて、そこから発展させていくというパターンが多いです。

Q5 最近では、プロではない普通の人が映像作品を制作できるるようになりましたが、
    それについてどう思いますか?

新しい表現の手段が増えたことは、その分、可能性が増えたのでいいことだと思います。ただ、何を伝えたいかが曖昧な場合でもなんとなく映像は作れてしまうし、作ってしまうとできた気持ちになるのがちょっと恐いところでもあると思います。映像の場合、なにか音楽をバックに流して映像をつなげただけでもそれなりに見えてしまう部分があるので、それが逆に怖いところでもあると思います。何を伝えたいか、それさえちゃんとしておけば大丈夫だとおもいます。

Q6 映像を制作し始めて、自分が変わったと思えるところはありますか?

自分に対して正直になった気がします。「こう思っちゃいけない」という思いから解放されたというか。「こう思っちゃいけない」と自分の思いを封印するのをやめて、なんで私がそう思ったか、ということをよく考えるようになりました。そうすることで自分のことを受け容れることができるように少しはなったかなと。あと、これは自分自身に対してだけではなく、相手の立場に立って考えるようになったかな。言い尽くされていますが、映像を制作していると、例えばドキュメンタリーの場合だと、インタビューした相手がどうしてそのように思ったかを、そのエピソードをききながら考えなければなりません。そうした過程のなかで自然と相手のことを考えるようになったなあと思うことがあります。

Q7 代表作「黒い翼」は、とても暗いイメージですが、多くの人が感動を覚えたと感想を述べて
います。この作品には何か思い入れがありますか?

自分のなかで「黒い翼」は自分の言いたいことを作品というカタチにできたと自分のなかで認めることができた初めての作品です。この作品はとにかくあまりにも自分自身が出過ぎているので、作ってしばらくの間、自分で見ることができなかったです。上映会などで上映されると、裸のままつるしあげられているくらいの気持ちになります。最近はもう、制作してから4年くらいたっているので「あの時は必死だったなあ〜」などと妹を見ているような感覚で見ています。

Q8 山形国際ドキュメンタリー映画祭入選の「35度4分」「ていちゃんのルーツ」という2つ
     作品は、どうやって生れてきたのですか?

「35度4分」は「黒い翼」で言いたかったことをもっと軽くいろんな人に見てもらえないかなあと思って作った作品です。言いたいことがドロドロしていても作品の見せかたによって大丈夫なんじゃないかと試行錯誤して制作しました。テーマは人と人との距離です。タイトルの意味をよく聞かれるのですが、「閉じたココロのままで接すること」を温度であらわすとそのくらいの温度かなあと思い名付けました。「ていちゃんのルーツ」は今まで聞けなかった、「ていちゃんが在日韓国人である」ということをカメラがあったら聞けるかもしれないと思って制作しました。カメラがなくても聞けていいくらいの仲良しだったのに、やはりそういった国の問題などは自分のなかでどこか「これ以上入っていってはいけないライン」みたいなのを決めていたような気がします。カメラがあったことで新しい関係性を築くことができました。その過程のなかで生まれたのがこの作品です。基本的に私のなかの一つの大きなテーマとして、「人と人との距離」というのがあります。

Q9 これから映像作品を制作してみたいと思っている人たちへメッセージをお願いします。

まず、何を言いたいのかをはっきりさせて取り組んでほしいと思います。そして、なぜ自分がそのことを言いたいのかをよく考えることが大事だと思います。こういうことがあったから自分はこう思ったんだ、という部分をキチンと整理していけば、見ている人に伝わる作品が必ず生まれると思います。でも、基本的に楽しむということが一番大切だと思います。カメラは自分の眼みたいなものなので、自分が撮影した何気ない映像も、後で見れば、ああ私あの時こう思って撮ってたんだ、みたいな不思議なフィードバックもあるし・・・。とにかく制作上の楽しい部分はいっぱいあるので、それを見つけつつ続けていってもらえればいいなと思います。

Q10 映像制作と出会わない自分と出会った自分とは、何が違っていたと思いますか?

人としての根本的な部分は何も変わらないと思います。ただ、人に何かを伝えるということに対する意識は強くなったし、相手のことを考える気持ちは強くなったんじゃないかなと思っています。

−ありがとうございました。

聞き手 中央大学・松野良一

運営組織ご利用条件問い合わせ
 *掲載の記事、写真の無断転載を禁じます。著作権、リンクについては こちら